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「花沢幸次郎」考

メモ

花沢幸次郎の経歴は長州藩出身の乃木希典と、薩摩藩出身で「薩摩の乃木大将」と呼ばれた大迫尚敏の精巧なコラージュになっています。どっち、と言い切れないように綺麗に組み合わさっている(=編集にはっきりと作為があることがわかる)ので詳しくは是非ご自身で調べていただきたいと思いますが、幸次郎自身は薩摩の出ということになっています。帝国陸軍は基本的には長州派の縄張りなので、薩摩出身の幸次郎はやや肩身が狭かったのではないかと思います1

原作243話で、幸次郎は満州鉄道の建設に反対していたがゆえに鶴見中尉に消された(尾形はその手伝いをさせられたにすぎない2)、という説明が宇佐美からなされます。 日露戦争(とりわけ突撃命令をひたすら繰り返す物量作戦を取ったことで知られる旅順攻囲戦)で日本は多くの死者を出していましたが、戦中の新聞ではまるで連戦連勝、この戦争は日本の圧勝であるかのように報道されていました。そうでなければ新聞が売れなかったからです3
その後は「満州の地で流した血を無駄にするな」という世論が軍の内外で強くなり、それはやがて満蒙権益こそ国の生命線にして鎮魂みたいな理路の形成に至る4わけですが、おそらく作中ではこの戦いを指揮した幸次郎本人がそれに反対するという構図になっているものと思われます。流した血を無駄にしないためには満州進出が必要、という意味付けを指揮官自身が拒んでいる。……ということになれば(たとえその理由が「大陸進出を狙うアメリカに干渉の口実を与えないため」とか石橋湛山のような経済的リアリズム5だとしても)内外の反発は必至ですから、並ならぬ覚悟だと思いますね。
一方で鶴見中尉の目的のひとつは死者に酬いること6ですから、ここで両者の思惑が真っ向対立することになります。

ここらで幸次郎の私生活にも触れておきましょう。花沢姓は九州にない7ため、幸次郎は薩摩から東京に出てきて華族の女婿になった人なのではないかと私は思っています。華族の妻ヒロを得て近衛師団長、考えられる限り最大級の出世のような気がします。でも彼はその傍ら、浅草の芸者(でおそらく水戸藩士の娘8)・トメとの間に庶子の百之助をもうけていました。花沢家との正式な婚姻とトメと関係を持つのとどっちが早かったのかはわかりませんが、どちらにしろ幸次郎が入り婿であるなら勝手な理由で妾を持つことは世間体としても金銭的にもできない9と考えられますし、トメとしてはかなり分の悪い恋をしたものです(でも仇敵にあたる相手との子を産むからには本気も本気だったと思いますが、当時は法的にも母親は相手に子どもの認知を迫ることができない10状態にありました)。もとより難しい立場にあった幸次郎はこれを利用して彼女を突き放した11のだと思いますが、“もうひとりの息子”を国の供物として捧げたり、103話で尾形の語るストーリーを一切否定せず「私と同じ」と言ってるあたり、もうずっと罪悪感に囚われている感じはします。ひいては満鉄の建設への反対もこの延長線上にあったのではないでしょうか。

Footnotes

  1. 原作防衛作戦より。史実の領袖は元老の一人・山縣有朋

  2. 筆者としては中尉は(後に江渡貝くんにしたように)尾形を縛るものをその手で始末させて末永く己が手元に置いておく目的も兼ねていた可能性があるが、“それだけが目的でない”時点で尾形はそれを不純とか浮気だと感じそうでもある

  3. なお、その”圧勝ぶり”のわりに講和の条件が悪くロクな賠償金がとれなかったことで「これでは話が違うじゃないか」と民衆が暴徒化して起きたのが日比谷焼き討ち事件。そもそもの日露開戦も「開戦を支持しないと新聞が売れないから新聞社がこぞって開戦を煽る過激な記事を書いた」ことで世論が加熱したことが決定的だったといわれる(このあたりの事情は『歴史探偵 日露戦争 知られざる開戦のメカニズム』や奥泉光,加藤陽子『この国の戦争』に詳しい)

  4. 中国に満州の主権を認めていた幣原喜重郎でさえ満蒙権益の維持を既定路線として考えていたフシがある(参考:「外務官僚たちの大東亜共栄圏」書評 後戻りできない道筋子細に描く (好書好日)

  5. 「⽯橋湛⼭」ってどんな人? 石破氏がたびたび言及◇魅力、功績は? (時事ドットコム)
    奥泉光,加藤陽子『この国の戦争』

  6. 原作より。彼の主張にはいつも二重性があるため、ここでは「目的のひとつ」とした

  7. フィクションじゃんと言ってしまえばそれまでだが、これほど細部までこだわる原作者がここを無視するとは考えにくい

  8. 前回の記事 を参照

  9. トメは”浅草の芸者”と身元がはっきりしていて私娼ではなさそうなので、奉公先にお金を払って身請けする必要があると考えられる。身請け自体かなりのお大尽がやることなので将官クラスでも軍の給料だけでは厳しいし、ヒロのプライドも傷つけることになる。ただしトメが(堕胎を強いられることなく)無事に出産し、さらにその後実家に帰っているあたり誰かがどうにか工面したことは間違いなく、あるいは幸次郎が義実家に頭を下げて事実上の手切れ金にすることを条件に借りたorもらったとかなのかもしれない。なお史実には身請けのカネがないからと士官学校の同期を引き連れて宿に押しかけ、愛しの遊女を拉致して結ばれた山本権兵衛(後の海軍大将)という人が実在する

  10. 1898年施行の明治民法では「家族ノ庶子及ヒ私生児ハ戸主ノ同意アルニ非サレハ其家ニ入ルコトヲ得ス」だが、それ以前の庶子/私生児の取り扱いとなると明治6年(1873年太政官布告依拠の「妻妾ニ非ル婦女分娩ノ児子ハ私生ト為シ其婦女ノ引受タラシム」であり、つまり婚外子の場合は父親に認知してもらう(そして”イエ”に入れてもらう)という仕組み自体がないことがわかる。なお尾形の年齢は物語開始時1907年で25-26歳と推測され、従って生年は1881-1882年。宇佐美が26歳で尾形より年嵩(ファンブックより)。

  11. 単に面倒だったから捨てたのか「せっかく自由になったんだから…」みたいなことなのかはちょっとわからない、とはいえ明治の女が父親のいない子どもを連れてイエの外で生きることの果てしのない困難さを思うと後者は限りなく無責任であるし、息子を軍人にしたいトメからするとどちらにせよ破滅である