いたずら
収穫祭は随分な盛況だった。所変われば風習も違い、アスクの民は仮装やお菓子をめいめい楽しみながら、実りの季節を祝うのだという。
夕闇に紛れ、ひとりになるのを待ってから、ユーリスは路地をゆくその人の肩を叩いた。"灰色の悪魔"相手に気配を殺すことは意味がない。不意打ちは下策、そう思っての行動だった。
夕闇に紛れ、ひとりになるのを待ってから、ユーリスは路地をゆくその人の肩を叩いた。"灰色の悪魔"相手に気配を殺すことは意味がない。不意打ちは下策、そう思っての行動だった。
「トリック、オア、トリート」
「君か」
「一応、訊いたぜ」
満月とまばらな街灯の作り出す薄ぼんやりとした光の下、ベレトは頭だけでユーリスを振り返った。おそらくは背中の飾り羽をぶつけてしまわないためであるのだろう。その配慮と落ち着きがいかにもベレトらしい、とユーリスは口の端を斜めにした。
「赤、青、黄色。……随分と用意のいいことじゃねえか」
言いながら、腰に携えられている三本の棒付き飴菓子に視線を落とす。
ガルグ=マク士官学校の三学級、黒鷲、青獅子、金鹿。それぞれを象徴する色だ。だが非公式ながら大修道院の地下にはもうひとつの学級が存在する。
「ここに三色しかねえってのは、つまりそういうことだよなあ? 先生」
《灰狼の学級》。その級長であるユーリスは、ベレトが自分たちの色の飴菓子を持たないことを揶揄うために来たのだった。俺の分はないんだから、菓子をねだるべくもない。だったら、いたずらしてもいいんだろ。先の言葉はその念押しだった。ともすれば、動機は嫉妬であったかもしれない。
「まあ、そうだな」顔色ひとつ変えず、ベレトが頷く。
「言ったな」
言質は取った。いっそ首すじに口紅の痕のひとつも残してやるのもいいかと、ベレトの肩に腕を回すべく、
ユーリスが動いた次の瞬間。
「……う」
腕があえなく空を抱き、重心を崩したところを背後から搦められ、ユーリスは呻いた。お茶目な教え子にここまでするかと思うような、見事な背面取りだった。見通しの甘さを後悔した矢先、身動きの取れないユーリスの眼前に先程の飴菓子が三本、扇開きに並べられる。思わず目で追った――赤、青、黄色。
「エーデルガルト、ディミトリ、クロード。他の級長たちは快くこれを渡してくれたんだが、……」
教師のくせして、なんと大人げのないことか。そこに一色足りなかった訳を知って、ユーリスは思わず鼻を鳴らした。お腰につけた飴菓子は人にくれてやるためのものではなく、いわば戦利品だったのだ。
しかしながら温度を持たない声音には妙な迫力があり、すっと背筋が冷たくなる。耳元に囁かれながら、いやに悪魔の仮装が似合うだけのことはある、とユーリスは思った。この体勢からベレトの表情を窺うことはできないが、こんな恫喝めいたことをしている今も真顔でいるに違いなかった。
「……ユーリス、君はどうする」あくまで淡々とベレトは訊ねた。
「はっ、受けて立とうじゃねえか」ユーリスは開き直って言った。「俺様を連中と一緒にされちゃ困るな。菓子は出さねえから、煮るなり焼くなり、あんたの好きにすりゃあいい。この傾国の美少年様をな」
「そうか」
いくら油断があったとはいえ、自分から仕掛けておいて返り討ちに遭ったのだ。ユーリスとしてもまさかここで引き下がるわけにはいかない。それに、この朴念仁がどんないたずらをするのか、興味を惹かれないわけではないのだった。
やれるもんならやってみな。そうして諦念と期待の間でユーリスが腹を括った、その直後のこと。
「よくやった!」
鈴を鳴らすような声がして、物陰からひとりの少女が飛び出してきた。小柄な体躯につばの広いとんがり帽子がよく似合う、愛らしい女の子ではあったが、ユーリスの知らない顔だった。
「まんまと罠にかかりおった。容易いのう、こやつの人徳もまんざら捨てたものではないわ。……人徳? はて、そう言っていいものかわからんがの。まあよい」
「は?」
状況を飲み込めずにいる囚われの美少年を下から上まで眺めて、緑の髪の少女はにんまり笑った。ほどほどにな、と後ろからは溜息の音が聴こえた。
「ふっふふ、童よ、いたずらの方を選びよったな? 一度やってみたくての、この時をな、わしはずっと待っておったんじゃ。覚悟するがよいぞ。おぬしが泣いてやめてくれと懇願するまで、徹底的にくすぐってやるからのう! ……」