モラトリアム
さながら千変万化、特定の型を持たず、それでいて迷いのない剣筋に、思わず、目を奪われた。
「次」
大司教の肝入りで抜擢されたという、傭兵上がりの新人教師。どんなものかと訓練場まで視察に来てみれば、なるほど、相当腕が立つらしい。山賊襲来の窮状にあってこれを見せられたのでは、あの猪どころか他の級長どもが一目置くのも、まあ無理からぬ話だろうと思えた。
弾かれた訓練用剣が、石畳の上で乾いた音を立てる。急ぎ拾いに走る生徒はこの士官学校ではそれなりの使い手だったが、容易く捻られていた。あっけないものだ。
「いい手だった。次」
奴が無感情に俺を見た。
一瞬の静寂。反射的に、柄を握った。遅れてやってくる戦慄。
「遠慮はいらないから、全力で」
予感めいて思う。俺の剣はまだ、奴にはきっと届かない。それでも、前の連中ほど簡単に負けてやるようなつもりもない。試されるのは、どちらの方か。剣を交えてみれば知れることだ。
得物を手に、一歩前へと踏み出した。
今に見ていろ。足掻いて、足掻いて、刻みつけてやる。余裕ぶって取り澄ます、その凪いだ蒼い眼に。
鳶色の眼から、闘志が、生の光が消えてゆく。紙一重の結末が、残酷にも己と彼とを生死に分けた。
彼が自分に何を見ていたのか、決して知らないわけではなかった。けれど、本当に知っていたとも言い切れない。自分には、兄というものがいないから。
返り血を拭った掌で、亡骸の瞼に触れた。そうして心に刻みつける。このまなざしの先を自分が見ることは、もう二度とないのだと。