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先生

 鋭い突きに弾かれた剣が一振り、宙を舞う。白熱の試合運びに、そしてその劇的とも言える幕引きに、それまで魅入っていた見物人たちからにわかに歓声が上がった。
「そこまで」
 審判役のセイロス騎士が声も高らかに勝敗を告げると、ふたりの生徒は訓練場の中央に歩み寄り、向かい合って一礼した。熱の冷めやらぬ拍手がそこかしこから送られる。
 両者ともまだまだ粗削りではあるものの、それだけに伸びしろを感じさせた。それに、この手合わせの中で多くを得たのだろう、勝ち負けに関わらず彼らの表情は晴れやかで、そういう意味でもいい勝負だったに違いない。どうせなら最初から見たかった、とつい思ってしまう。
 残念ながら、ここへ着いた時には既に試合は始まっていて、終わってみればむしろ決着の方に近かった。本来ならばもっと早くにここへ来るつもりでいたのだが、あとでやろうと溜めていた書類仕事がいつの間にかとんでもない量になっており、それを片付けるのに難儀したのだった。どうにか終わらせはしたものの、せっかくの休日の半分はそれで潰れてしまった――考えようによれば、半分だけで済んだとも言えるが。いずれにしろ、生徒たちにはとても見せられた姿ではなかった。あんなことはもう繰り返すまい、と改めて心に誓う。

 さて、次は誰と誰だろうか。そんなことを考えながら周囲を見回すと、斜向かいの柱の裏に人影があることに気がついた。北国の出自らしい色の白いうなじ、そこにかかる濡羽の後れ毛。見覚えのあるそれは、担当学級の生徒、フェリクスの後ろ姿だとほどなく知れた。
「君はやらないの」
 近づいて声を掛けると、鋭利な琥珀色の瞳が、ちら、と横目でこちらを見た。
「……今日の、先程までの顔ぶれなら、そのつもりだった。どいつもこいつも、斬り甲斐があるとは言えん」
 訓練所に通い詰める生徒たちはいずれも熱心だが、中でもフェリクスは暇さえあればここに入り浸ることで知られ、そしてひときわ腕が立つ。剣呑な物言いが気にはなるが、なるほど確かに、練習相手に困るというのも無理からぬ話だろう。
「だが、今はお誂え向きの相手がここにいる」
 言いながらフェリクスは柱に寄り掛かるのをやめ、腰に吊った剣の柄に左手を乗せた。続く言葉は、もう大体わかっている。ずっと待っていたのだ。下手をすれば、今日はここへ来なかったかもしれない自分を。
「一戦付き合え、先生」
 ――先生。
 模擬戦を申し込まれるのは予想通りだったが、よもやフェリクスに今そう呼ばれるとは思わず、内心、少なからず驚いていた。顔に出していない自信はあったものの、フェリクスはこちらが二つ返事で乗って来ないことを不思議に思ったようだった。形の良い眉間に、たちまち縦の皴が寄る。
「どうした。やらないのか」
「いや。君もそう呼んでくれるのだなと思って」
 つい先日までは傭兵だった身だ。だから先生という呼称それ自体に耳馴染みがなかったのは当たり前と言えばそうなのだが、ここではみながそれこそ当たり前にそう呼ぶため、ひと節もすると流石にだいぶ慣れてしまった。ただ、彼だけは少し違っていて、何か用のある時でも、おい、とか、お前、とか、ほとんどいつもそんな調子であったので、剣の相手としてはともかく、まだ教師としては認められていないのではないかと思ってすらいたところだった。
「どういう意味だ。貴様は教師だろう、他に呼びようがあるか。まさか、その自覚がないわけでもあるまい」こちらの胸中を知ってか知らずか、フェリクスは眉間の皴を一段と深くし、つっけんどんに言葉を継いだ。「……で、どうなんだ。やるのか、やらないのか」
 焦れたような切れ長の目が、今度は正中に見据えてくる。入学以前から従軍の経験があり、胆力や剣の腕では大人顔負けの彼も、こうしていると等身大、あるいはもう少し子どもっぽいようにも思われた。つんと拗ねた顔に、笑みで応じる。
「君の言うとおりだね。当然、付き合わせてもらうよ。先生として」
 ようやく認めてもらえたのか、そもそもが杞憂だったのかはわからなかったが、答えは剣に求めることにした。これ以上教え子を待たせるのも気の毒であったし、何より、"これ"のことになると少なからず心が逸るのは、自分の方も同じなのだ。
「……さあ、その身で学ぶ準備はいいかな」
 先に向こうがしたのと同じように、剣柄を軽く揺らしてみせる。
「望むところだ」フェリクスは不敵に笑った。

 訓練場の中央に歩み出たるは、噂の新任教師と、訓練場の主。
 大注目の試合とあって見物人の数のいや増す中、向かい合った両者は互いに互いだけを瞳に映し、刃の引かれた佩剣をすらりと抜いた。

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