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冬祭りと十七歳

 それまでは祭りなど馬鹿馬鹿しいという風に構えていたフェリクスでしたが、冬祭りが子どもたちのための催しであることをシャロン王女から知らされると、少し思い直したようでした。
 彼は何ら迷いなく冬祭りの赤い衣装に着かえると、揃いのとんがり帽子を頭にかぶり、贈り物の入った大袋ふたつを軽々と担ぎ上げました。そのあまりの変わり身の早さには、この話を持ちかけたアンナ隊長もただ両の眼を瞬くばかりでありました。確かに説得はしましたが、剣の道ひとすじ、孤高を良しとする彼はそう簡単には協力を承諾しないものとばかり思っていたのです。他方、子どもたちに負けないくらい純真なシャロンは手を叩いて喜びました。
「わたし、フェリクスさんならきっと引き受けてくださると信じてました!」
「待つ者があるなら、行くだけのことだ」フェリクスは革帯をかたく締めて言いました。「それに、貴様らに反発してみたところで、どうせ召喚師には逆らえん」
 フェリクスは根の生真面目な男でした。物言いが少しばかり素直でないだけで、人の気持ちがわからないとか、そういうことではないのです。そのことがよくわかって、アンナは胸を撫で下ろしました。何せ子ども相手の商売ですから、イメージというものを蔑ろにはできません。
 彼女は先んじてヒルダとベルナデッタに声を掛けていたので、学友のよしみ、三人一緒にやってはどうか、というようなことを話しました。シャロンもそうすることを強く勧めました。しかし、フェリクスはそれについては生返事をしただけでした。
 両名が"やればできる女"であることを知らないフェリクスではありませんでしたが、彼女たちがやる気になるのを待っていては日が暮れてしまうだろうことも、またよく知っていたのです。実際、洒落者のヒルダが衣装を取っ替え引っ替えしてる間に、人嫌いのベルナデッタが「みんな雪だるまさんだと思えば怖くない、怖くない……」などと自己暗示のまじないを唱えている間に、彼は単身ふらりと出かけてゆきました。一匹狼は、やはりひとりが気楽なのでした。

 祭りとあって、アスクの城下街はたいへんな賑わいでした。あちこちに吊るされた赤や緑、金銀の装飾が純白の雪に見事に映えて、色とりどりの照明の下できらびやかに輝いています。質素倹約を是とするファーガスでは見られない派手な色彩に、さすがのフェリクスも思わず好奇の目を向けましたが、ほどなく舌打ちをして視線をふいと逸しました。初めて見たんだから、物珍しくて当たり前だろう。彼の幼馴染みのひとり、シルヴァンならきっとそう言って物見に出かけるところでしょう。しかしこのフェリクスという人は違いました。彼が素直でないのは、何も他人に対してだけでもないのです。
 大通りをずんずん歩いて行きますと、やがて中央広場に着きました。そこではこの寒さにも関わらずたくさんの子どもたちが雪と光にたわむれており、その親であろう大人たちもまた嬉々としてそれを眺めているのでした。ここで子どもたちに贈り物を配るというのが、フェリクスの引き受けた仕事でした。一年間よい子にしていると"冬祭りの使者"からご褒美がもらえる、その伝承をアスクの子どもたちはみな信じており、今フェリクスの着ている赤い衣こそ、まさしく使者の正装なのです。
 フェリクスは軒下の、雪の少ないようなところを選んで荷のひとつを降ろしました。特に声を掛けるようなこともしなかったので、雪遊びに夢中な子どもたちは彼の来訪になかなか気がつかない様子でしたが、そのうちにひとりの少女が駆け寄ってきました。歳の頃は四、五くらい、はあはあと吐き出す息は白く、麦穂のようなおさげ髪が、その肩口で揺れています。
 彼は立ち止まった少女の前に膝を折り、大袋から可愛らしい赤の小箱をひとつ取り出すと、その小さな手にそっと握らせてやりました。白くふかふかした手袋の中に、小箱はすっぽりと収まりました。わあ、とふたつの空色が好奇心にまるく見開かれます。
「……冬祭り、おめでとう」
 フェリクスはわずかに顔をしかめて言いました。すぐそこにある少女の笑顔があんまり眩しかったからでした。
「ありがとう、お兄ちゃん。わたし、いい子にしててよかった!」
 少女は喜色満面、白い息をふわりと漏らしてはにかみました。寒空の下でよほど楽しく遊び回っていたのでしょう、吹きさらした頬が林檎のように赤くなっていました。
「はしゃぎすぎて転ぶなよ」
 言ったそばから少女はぱたぱたと駆けてゆき、勢い余って父親と思しき男性の胸に転がり込みました。その腕の中から元気に手を振っています。どうやら家に帰るようでした。男性に会釈を返し、少女の方には至極控えめに手を振り返してやりながら、フェリクスは親子を見送りました。その目はふたりの姿を透かして、どこか遠くを見てもいました。兄を遠い戦場で亡くし、父との関係がきわめてぎこちないものになって早数年。以来、無頼に剣の道を生きてきたつもりの彼も、この情景にはほんの少し、昔が懐かしくなったのでした。
 年端もゆかぬ子どもの頃。真冬にも関わらず素手に軽装で遊び回ってしもやけを作り、以来、外へ出るときに周りの人間――時に父、時に兄、側仕えの者、幼なじみの誰か――が欠かさず防寒具を身に付けさせようとしてきたこと。寒くなんかない、と強がって無駄に抵抗したこと。でも、なんだかんだ、その心遣いが嬉しかったこと。遊び疲れた後で囲む晩餐の卓が、いっそうのぬくもりに満ちていたこと……。
 フェリクスの脳裏を、忽ち数々の思い出が掠めてゆきました。人は誰しも心にふるさとを持っているものです。フェリクスは自身の甘さを嫌い、孤高を貫くことによってそれを突き放さなければならないと考えていましたが、事実、周囲に大切にされて育った彼は、そういった人間のあたたかさをその身で知ってもいるのでした。
 重ねて言いますが、彼は素直でないのです。ここに幼なじみのひとりでもいたならば、どんなにからかわれたことでしょう! なので、フェリクスはひとりでよかったとしみじみ思っていました。

「冬祭りの使者さん!」元気の良いその声に、フェリクスは我に返りました。「冬祭りの使者さんだ!」
 彼が振り返ると、"冬祭りの使者"がやってきたことに気づいた子どもたちが、いまいま駆け寄ってこようというところでした。彼らの小さな胸が期待にはち切れんばかりになっていることは、ひと目見ればフェリクスにもよくわかりました。
 もう子どもではないという意地のために、俺はこんな役を引き受けたのだろうか。
 不意にフェリクスの胸をよぎったその考えは、自問であると同時に自答でもありました。人はいつまで子どもで、いつから大人なのか。何を以て大人とみなすのか。考えてみれば、それは至極簡単なことなのでした。フェリクスは己がままならなさを鼻で笑うと、贈り物の入った袋の中をがさごそと弄りながら、つっけんどんに――それでも普段よりはいくらか棘のない声色で――言いました。
「いいか、順番だ。そこに並んで待っていろ」
 ぱあっと一段明るくなった子どもたちの表情にやっぱり顔をしかめながらも、律儀な彼はふたつの袋がすっかり空になるまでそこにいたのでした。

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