剣の切実
剣士にとって、手は特別なものだ。フェリクスは戦後もしばしば好んでそう口にした。
戦いを終わらせるために戦うという致命的矛盾の中を生き、いざそれが実現すれば今度は平和によって己が存在意義を脅かされる。それが剣士というものだと、そして俺もお前も"まだ"剣士なのだと、彼は諦念を滲ませて笑った。
われわれの本質は未だ戦場の鉄と砂塵のにおいを風に嗅ぐ。新たなる治世を告げるはずの、この風の中にさえも。
「いつか、君は言ったね。女の手よりも剣を握っている方が楽だ、って」
蒼穹に映える琥珀の瞳が、微かな動揺を帯びてこちらを眇めた。数年越しの言質を突きつけるようなやり方は我ながら意地が悪いとは思ったが、これほどまでにからかい甲斐のある相手もそうはいない。
教師と生徒として剣を交わすだけの間柄であった頃の話を蒸し返すと、フェリクスはほとんど決まって舌打ちをして、数瞬、遅れて返事を寄越す。
「……言った」
「今でもそう?」
「当たり前だろうが」
耳の先までを朱に染めた彼はぶっきらぼうにそれだけを言うと、もう目を合わせなかった。
惚れた弱み、そんな言葉が思いがけず脳裏に浮かぶ。威風凜然、ひとたび剣を握ればあれだけ迷いなく苛烈なあのフェリクスにとんだ弱点があったものだ。そう思うとなんだか可笑しくて、そしてそのことが心の底から愛おしくて。その実、お互いさまだった。人を愛することを知って、自分もきっと弱くなった。
「筆よりも先に剣の扱いを叩き込まれ、以来、俺の人生はいつも剣と共にあった。長くそうありすぎて、今更捨てられんほどだ。それに比べたら、……」
「比べたら?」
「……いちいち言わせるな。女の、お前の手に、剣ほどには慣れていない」
繋いだ手の指が、そう言い切った後でおずおずと絡められる。
「だから、これは訓練だ。……こうすることに、慣れるための」
洗練された型のゆえか、その戦歴を思えば意外なほどにまめの少ない、しなやかに長い五指。その感触とぬくもりとを逃さぬように、実は自分も不慣れだと暗に伝えるように、そっと指先へ力を込める。平和な世にあっても鍛錬に実戦に飽くことはなく、この手には相変わらず休む暇もないらしい。自然と口元が緩む。
「見上げた向上心だね。君に見習うところは多い」
「黙って付き合え」
オグマ山脈に座する修道院ではなじみの、吹き上がるような谷風がやさしく頰を撫でてゆく。崖下に広がるフォドラの大地が、今はどこまでも果てなく見えていた。胸を過ぎるのはどこか懐かしいような感慨と、一抹の寂しさ。
肩書がいかに変わろうと、剣によって多くを勝ち取り、また多くを失った自分たちのたましいはきっと、この身滅びるまでも剣士だろう。しかしその道が決して孤独なものではないことは、こうしていつでも確かめ合える
ここに肩を並べる愛しい好敵手の、奪い育むその手によって。