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愛はまぼろし

 次々と女物の服を着せ、一方的な睦言を囁くその男のことを、ユーリスは内心冷ややかに見ていた。男はそれを真心からの愛と称したが、こちらからすればそれはまったく独りよがりの献身、自涜の自覚がない自涜であり、そこに心の交流と呼べるようなものは何もない。だから、行為も熱砂の上にひとすくいの水をこぼすごとく。そうして最後に残るのは、いつも砂の渇望だけ。
 にも拘らず、男はきまってユーリスの満足ばかりを気にかけた。君を私の愛で満たせなければ、私は存在している意味がない。私を捨てないでくれ。ずっと私の傍にいてくれ。そのような主旨のことを口走る男の目は血走っていて、根の深い偏執を感じさせた。
 それでもユーリスがこの顧客、、を捨てずにきたのは、単純に金払いがいいからだった。男は当代で一財産を築き上げた豪商の三番目だか、あるいは四番目だったかの息子で、妾腹だが母方に似て見目がよかったので父親からは溺愛され、ガルグ=マクの士官学校を出た後に王国貴族の娘と政略婚をしている。ただ、噂に聞いたところによればそれは形だけの婚姻で、両者の間に夫婦生活の実態はないという。ひと回りも歳上である妻が若い燕を伴って劇場通いをしているのも、その筋では有名な話らしい。
 本人たちの合意によらない、カネと紋章の婚姻。ファーガスの貴族階級ではありふれた悲劇だが、ユーリスはそこにつけ込んだ。それまで厭世と退廃のみに生きていた男は、当初のユーリスの目論見通り、真実の愛を謳うこの美少年を諸手を挙げて歓迎した。男は新しい恋人に対し財を惜しまず、必要があれば父親に頼んで各方面への口利きもしたし、逢瀬の後には必ず金貨を握らせて帰した。そうしてその関係が今日まで続いているわけだが、ユーリスはこの男の卑屈なようで手前勝手なところがどうにも好きになれなかった。

 お願いします、ねえ、どうかお願いします。
 男はそうして足元に跪いてきたかと思うと、何ら躊躇うところなく床に頭を擦り付けた。ぐずぐずという切れの悪い音からして、どうやら啜り泣いているらしい。そのことをを裏付けるように、涙だか鼻汁だかの滲みがナントカ織りの高級絨毯の上で淵のように広がっていく。なるほど心からの哀願といった仕草だが、ならどうして目と目を合わせて頼まないのか。ユーリスは男の逃げ腰を鼻で笑って、それから少し悲しくなった。物質的な豊かさも、都合のいい幻も、この男を真に救うことはないのだった。

「顔を上げな」――いずれにしても、こいつにはまだ利用価値がある。

 男が言う通りにしたのを見て、椅子の上のユーリスはなまめかしく脚を組み直した。それから片方の靴先を男の顎下に差し入れて、軽く、斜めに持ち上げる。先の尖った靴で喉笛を突かれ、男はその時こそ苦しげな呻き声を漏らしたが、上を向かされるにつれてその眼は忽ち生気に溢れ、今度は歓喜の涙を流し始めた。

「なあ、ご主人様。今日はどうしてほしいんだよ」

 さらけ出される不様をできるかぎり無感情に見下ろしながら、ユーリスは未だ冷酷になりきれずにいる己を心のどこかで蔑んだ。

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