目が離せない
鏡面じみたチョコレートの表層に、すっと銀の一刀が入る。迷いがないから断面も層が潰れず残ったままだ。そうして端から切り出した一センチちょっとを、兄は静かに自身の口へと運ぶ。なるほど勇作の買ってきたオペラ・ケーキはショーケース越しに見た時から一流の細工品だったが、それを食べる兄の所作も引けを取らない美しさだ。綺麗に作るのも技術なら、綺麗に食べるのも又技術である。そして洗練された技術というのは、見ていてちっとも飽きることがない。
そんなことを思っていると、大きな黒い目がじろりと勇作を流し見た。
「なんです。物欲しそうな顔をして」
「いえ……」
「俺に味見させておいて、あなたは食べないままのおつもりか」
「とんでもない」
「冗談ですよ」真顔でフォークを操りながら兄が言う。「あなたの言いたいことはよくわかる。顔に全部書いてありますからね」
勇作はぎくりとした。胸の奥に秘めておいたつもりだったが、兄の方はなんでもお見通しであるらしい。敵わないな、この人には。そう思うと頰が熱くなって、いたって自然に笑みがこぼれた。その間にも兄はうっとりするような正確さでオペラを切り分け、食し、さも当たり前に弟の視線を奪う。甘い時間だ。初めて会った――互いにきょうだいということになったその日から、勇作にとって兄は目の離せない人であり続けている。
「兄様」
不意の呼びかけに、兄の手がぴたりと止まった。今更何を、と言わんばかりの目が勇作を一瞥し、数瞬の後に横へと逸れる。いつまでも見ていたい――この気持ちは、言わなくても兄にはちゃんと伝わる。伝わっている。伝わりましたと書いてある。一滴か二滴朱の入った横顔に、全部。
「兄様、」
だから兄への想いはもう、敢えて言葉にするまでもないことだった。今日が年に一度のバレンタイン・デーとて変わりはない。勇作はその事実を噛み締めるように味わってから、目の前の愛しいひとに、唯これだけを告げる。
「バタークリームが、お髭に」
「おっと」
「ふふ」