青い鳥
長いトンネルのような冬を抜けて、光にあふれる春の窓辺。すっと入り込んだそよ風が、若草よりもなお淡いカーテンを揺らしていく。遠く、近くに、四十雀のうたう声がする。階下では沙羅の枝が銀色の新芽を吹いている。雪解けのあと、大地にしみ透った清水が生命を数多育むように、この病室の時も穏やかに流れていた。
「素敵な詩を読みました」
そう言って鳶色の眸を輝かせる勇作の姿は純朴そのもの、尾形はこの異母弟の感動屋ぶりに正面からは向き合わず、そうですか、と生返事をするに留めた。勇作は手元の文庫本に栞を挟むと、そっと包み込むようにその世界を閉じた。それからわずかに首を傾いで、いつものように屈託なく尾形に笑いかける。
あの父から生まれておいて根っから善人、博愛主義の、老若男女誰にでも分け隔てのない勇作だが、そうして自分に向けられる笑顔が特別なものであることを、尾形は自身よく知っていた。勇作の兄は後にも先にも自分ひとりなのだ。
だから術後のピントのぼけた視界でも、それが再び見えるだけよいことだった。
「心の求めるものを見つけるのが、我々の目の仕事なんだそうです」
「脳神経学の話ですか」無関心を装って、尾形は茶化した。
「いえ、愛の話です。目と目が出会って、心で育つ結晶の話です」勇作はなめらかに語を継いだ。「経過は順調、じき元のように見えるはずだと、お医者様から伺いました。そうしたら、兄様はきっと、ずっと遠くまでも愛を探すことができますね。……たくさん見つけましょう、今までの分も、これからの分も。不肖勇作、どこへでもお供いたします」
思わずといった体で、手に手が重ねられる。然し尾形は首を縦には振らなかった。
「いいんです、そういうのは」
「どうか希望を持ってください。お医者様は……」
「だから、そういうのじゃなくて」
言って、尾形は勇作の右手をすくった。もう軍旗も持つことのない手だった。その厚い手のひらを己が頬まで導いてから、怖じけることなく、尾形は見るべきものをまっすぐに捉えた。
「よく言うでしょう。いつの時代も、青い鳥はすぐ傍にいるものだと」
目と目が出会い、ぱっと見開かれた切れ長の眼に、一寸遅れて憐憫の色が溢れる。兄のそれが決して強がりや妥協などではないことを、勇作はまだ知らずにいた。それでいい。尾形はひとり過去を想う。
「手前で撃ち落としたりしなけりゃな」
愛することを知らなかった自分のために涙した、たったひとりの人。
それは誰より能く見えるよう生まれついた目が、長い長い時間をかけて、漸く見つけた一羽の青い鳥だった。